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大阪高等裁判所 昭和53年(う)321号 判決

主文

原判決を棄却する。

被告人を懲役八年に処する。

原審の未決勾留日数中四〇〇日を右本刑に算入する。

理由

(本件の経過)

本件公訴事実の要旨は、被告人は、吉川公平と共謀のうえ、いわゆる鉄パイプ爆弾を使用して大阪府寝屋川警察署を襲撃しようと企て、昭和四四年一一月一七日午前零時一〇分過ぎころ、三本ずつに束ねた鉄パイプ爆弾五束(計一五本)を治安を妨げ人の身体財産を害せんとする目的をもつて同警察署庁舎正面玄関前及び南側通用門内などに投げつけて爆発物を使用し、これを爆発させて現に人の住居に使用しかつ一八名の警察官が現在する同警察署庁舎の一部を損壊するとともに、折から在署当直勤務中の一八名の警察官の公務の執行を妨害し、そのうちの六名と時事通信社社員一名に傷害を負わせた、というのである。

原判決は、九名の警察官に対する公務執行妨害の点を除いてほぼ公訴事実どおりの事実を認め、被告人に対し懲役七年、未決勾留日数中四〇〇日本刑算入の刑を言渡した。九名の警察官に対する公務執行妨害罪が成立しないとした理由は、「被告人が共犯者の吉川公平とともに判示のように本件鉄パイプ爆弾を投げつけたときには、警部上田稔、巡査部長内野岬、巡査満生英孝、同堀江伸一、同佐藤欣也、同山下洋幸、同久留勉、同篠田清彦及び同西山守の九名の警察官については、いずれも当直勤務時間内とはいえ、宿直室などで休憩又は仮眠して待機していたり、次番者との交替のため休憩室に赴く途中であつたものであるから、具体的、個別的に特定された職務の執行に従事していなかつたことが明らかである。もつとも、これら九名の警察官は休憩又は仮眠中といえども当直の職務である緊急事態が発生すればその処理等に即応しうる状況にあり、現に本件鉄パイプ爆弾の爆発を知るや、最後の第五回目の爆発までには仮眠中の警察官さえも同署玄関前路上などに飛び出して犯人の捜索等に従事しているのであつて、右警察官らの交替制当直勤務における休憩がその間当該警察官を当直勤務から解放する性質のものでないことは検察官所論のとおりであるが、本件のように、右警察官らが本来の執務場所から離れ、宿直室などにおいて二時間又は三時間の長時間休憩しようと仮眠しようと自由に待機態勢をとりうる状況においては、右警察官らは刑法九五条一項によつて保護されるべき具体的、個別的に特定された職務を執行する状態になかつたものと認めるのが相当である」、また、「公務執行妨害罪が成立するためには、公務の執行がその妨害となるべき暴行又は脅迫行為に先行する形で存在することが必要である。これを本件についてみるのに、……被告人らが、右鉄パイプ爆弾五束(一五本)を投げつけ、その衝撃によりこれが爆発すべき状態においた段階で本件公務執行の妨害となるべき暴行行為は終了し、前記のとおり具体的、個別的に特定された職務を執行していた巡査部長柏原岩夫外八名に対する公務執行妨害罪は既遂に達しているものと解すべきである。したがつて、被告人らの関知しない何らかの理由によつて本件鉄パイプ爆弾の投てきから爆発完了までに数分間の時間を要し、その間に前記警部上田稔外八名を含め全員により検察官主張のような捜査活動が開始され、それが右暴行行為終了後の結果により偶然阻害されたとしても、そのために、それに先行する形で具体的、個別的に特定された職務を執行していなかつた右上田警部外八名についてまでも右暴行行為が公務執行妨害罪の定型性を帯びるということにはならない」というのである。

これに対し、検察官から控訴が申立てられたのである。〈中略〉

(当裁判所の判断)

一公務執行妨害罪の成否について

(一)  控訴趣旨に対する判断

(1) 検察官の控訴趣意(一)は、被告人らが本件鉄パイプ爆弾を投てきした時点における前記警察官らの職務執行についての原判断を争うものであつて、その要旨は、原判決は、警察における交代制の当直勤務の特殊性を看過し、公務執行妨害罪の保護の対象となるべき「職務」及び「職務ヲ執行スルニ当リ」の意義を極端に狭く制限的に解釈した結果、「休憩」中であつた上田警部ら九名の警察官の仮眠あるいは休憩待機などの所為が当直勤務の執行の中断ないし停止の外観を呈しているところから、これら警察官は当直勤務の職務から離脱した状況下にあつたものと速断して刑法九五条一項を適用しなかつたものであつて、結局事実を誤認し、ひいては同条項の解釈適用を誤つたものというべく、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

(2) そこで、まず、関係証拠のほか当審の事実取調の結果により、本件犯行当夜における寝屋川警察署警察官の勤務状況をみると、上田稔警部を含む前記一八名外二名の警察官が同署長の命令で勤務についており、右一八名のうち九名が当直勤務員、残りの九名が当務外勤勤務員であつた。

当直勤務員とは、通常の勤務時間外である休日あるいは退庁時後において庁舎の警備及び緊急の警察事務を処理するため輪番制で当直勤務を命じられる警察官のことであつて、内規である大阪府警察処務規程(大阪府警察本部訓令第三一号)によると、所属長がこれを命ずるものとされ、その勤務時間は休日においては平日の出勤時から翌日の出勤時まで、平日においては退庁時から翌日の出勤時までであり(五五条二項)、その勤務方法は「起番」及び「休憩」の交代制と定められていた(五七条)。また、右処務規程に基づく寝屋川警察署処務細則(寝屋川警察署達第二号)によると、「当直勤務員は事案処理にあたるほか、通信勤務、公かい勤務、庁舎内外の警備等にあたる」とされており(二六条)、遵守事項として、「当直員は常に所在を明らかにし、事故処理等で庁外に出るときは、当直管理責任者に報告し、休憩は指定された休憩室でする」(三一条二号、三号)、「非常の際の警報ブザーが鳴つたときは警棒を携行して公かいに集合しなければならない」(二九条二項)と定められていた。ところで、原判決において公務執行妨害罪の成立が否定された九名の警察官のうち五名は、この当直勤務員であつて、上田稔警部は当直管理責任者、満生英孝巡査は緊急の犯罪捜査を主とする特別当直勤務員、堀江伸一巡査、佐藤欣也巡査、内野岬巡査部長は公かい勤務、通信勤務を主とする一般当直勤務員の地位にあつた。

これに対し、当務外勤勤務員というのは、通常の勤務の一部である外勤勤務に従事する警察官であつて、大阪府外勤警察運営規程(大阪府公安委員会規程第一号)によると、派出所、駐在所等の区域その他定められた区域を担当して、普通、警ら、巡回連絡、要点警戒、在所等の定められた勤務を行うほか、特別の命令により、警衛、警備警戒等の特別任務を負うものと定められており(二条)、また、右規程に基づく大阪府外勤警察官勤務規程(大阪府警察本部訓令第一号)によると、一昼夜勤務を含む交代制の勤務時間割が定められており(八条、九条)、「休憩は、指定された勤務拠点で行なうこと」とされていた(一八条二項)。ところで、署内における休日又は夜間の勤務は、署長が内勤の警察官から輪番制で指名した前記の当直勤務員が担当するのが建前であるが、本件犯行当時には、大阪府下で佐藤首相訪米阻止闘争が盛んであり、特に昭和四四年一一月一三日学生デモ隊と警察機動隊とが衝突した際岡山大学学生糟谷孝幸が寝屋川警察署員に検挙されて翌朝同人が死亡するという事件が発生してからは、過激派学生らによる同署に対する報復攻撃が予想される状況にあつたため、大阪府警本部長及び同警察署長の指示によつて、同署では非常事態の発生に備えて庁舎警備等に万全の措置をとることになり、本件犯行当夜の同月一六日午後七時からは、勤務体制強化のため、九名の当務外勤勤務員たる警察官が特別任務として同署庁舎の特別警備にあたつていた。原判決において公務執行妨害罪の成立が否定された九名の警察官のうち、前述した五名を除く四名、すなわち篠田清彦、山下洋幸、久留勉、西山守各巡査は、この当務外勤勤務員として当夜庁舎の特別警備の任務についていたのである。

(3) 次に、原判決において公務執行妨害罪の成立が否定された上田稔警部ら九名の警察官について、本件鉄パイプ爆弾が投てきされた時点における具体的な勤務状況をみるに、関係証拠によると、以下の事実が認められる。

すなわち、当直勤務員については、当夜、当直管理責任者である上田稔警部の指示で、担当職務に応じ、職務の繁閑により適宜又は二、三時間の交代で休憩が与えられており、原判決の認定のとおり、前記上田稔警部ら五名の警察官は右爆弾の投てき時には右の休憩に入つていた。具体的に述べると、いずれも起番の勤務を終えた後、上田稔警部は一一月一七日午前零時ころから寝屋川警察署三階宿直室に入り休憩し、満生英孝巡査は同日午前零時ころから同署一階パトカー待機室において休憩し、堀江伸一巡査は同日午前零時ころ通信勤務の次番者と交替するため相勤の佐藤兼治巡査部長に電話受付を頼んで同署三階から二階休憩室に行こうとしており、佐藤欣也巡査は前日の一一月一六日午後一一時五〇分ころから同署三階宿直室において休憩し、内野岬巡査部長は同日午後一〇時ころ右宿直室に入つて休憩・仮眠していた。

一方、当務外勤勤務員のうち、自動車警ら警務員については、通常の勤務時間表に従つて勤務と休憩が行われており、派出所勤務員については、当夜の当直管理責任者であつた上田稔警部の定めた特別の勤務時間表に従つて勤務と休憩とが行われており、右爆弾の投てき時には、前記山下洋幸巡査ら四名の警察官は、原判決の認定のとおりの場所でそれぞれ休憩に入つていた。具体的に述べると、山下洋幸巡査は一一月一六日午後一一時二〇分ころから同署三階宿直室において休憩・仮眠し、久留勉巡査は同日午後一一時三〇分ころから同宿直室において休憩・仮眠し、篠田清彦巡査は同日午後一一時三〇分ころから同署一階パトカー待機室で休憩・仮眠し、西山守は同日午後一一時四〇分ころから同パトカー待機室で休憩・仮眠していた。

(4) 以上認定の事実関係のもとで休憩中の九名の関係警察官が刑法九五条一項にいう「職務ヲ執行」中であつたと認められるか否かの検討に移るに、検察官は、当直勤務員であつた警察官も、当務外勤勤務員であつた警察官も、等しく緊急事態に対し迅速に対処するため休憩の形で待機していたとみるべきであるから、ともに公務の執行中であると主張するが、同じく休憩といつても右の二種類の警察官のそれは適用法令を異にし、別個の取扱いがなされているので、これを区別して考察することが必要である。

(イ)  最初に当直勤務員の休憩について検討するのに、輪番制の宿日直勤務は通常の勤務に比して労働密度の特に薄い監視業務又は断続的な業務にあたるところから、労働基準法四一条三号、同法施行規則二三条によつて、使用者において行政官庁の許可を受けたときは、休憩、労働時間等の規定が適用されないものとされている。地方公務員である警察官に関しては、同法施行規則三四条、地方公務員五八条三項、四項に基づき、所轄警察署長が都府県人事委員会の許可を受けることにより右の休憩等の法適用が除外されることとされており、大阪府においてもこの許可を受けて当直勤務員の指定、勤務が行われていた。したがつて、当直勤務員については、労働基準法上、就労義務から解放する休憩を与えることが義務づけられておらず、現に警察の内規等においても、そのような意味での休憩は与えられていなかつた。すなわち、前記大阪府警察処務規程、寝屋川警察署処務細則によると、当直勤務員の勤務方法は「起番」と「休憩」の交代制であつて、当直勤務員は、休憩の間、仮眠することも自由であるが、常に所在を明らかにし、庁外に出るときは当直管理責任者に報告するとともに、指定の休憩室で休憩を行い、非常の警報ブザーが鳴つたときは警棒を携行して公かいに集合することが義務づけられていたのであつて、検察官所論のとおり、休憩という文言が用いられていても、それは就労義務のある勤務時間中であつて、休憩という形で待機していることが予定されていたものである。そして、原判決もまた、前記のとおり、この点は認定、判示しているのである。

検察官は、こうした当直勤務員の「休憩」の特殊性を強調し、それは緊急事態発生の場合は直ちに出勤し得るように待機している状態であつて、いわゆる手待時間に類するばかりでなく、当該勤務者の起番中の職務遂行を効果的なものとするとともに、緊急事態の発生に際しては起番中の者と協力して全員がこれに当り得るようにするために、むしろ義務として課されているものであると主張し、さらに、本件当時は過激派学生らの報復行動に備えて特別警戒中であつて、休憩中の当直勤務員も当直勤務中であるとの認識のもとに行動していたものであり、さればこそ、本件鉄パイプ爆弾の投てきにより最初の爆発が起ると即座に起き上り、起番中の警察官とともに警察署内外で緊急事態の処理にあたつていたと主張し、右の「休憩」は当直勤務自体の一態様にほかならないと論じている。当裁判所も、以上の限度においては検察官の所論は正当であると考えるが、これを前提として直ちに「休憩」中も職務の執行中であるとする所論には左祖することができない。すなわち、刑法九五条一項にいう「職務ヲ執行スルニ当リ」とは、具体的・個別的に特定された職務の執行を開始してからこれを終了するまでの時間的範囲及びまさに当該職務の執行を開始しようとしている場合のように当該職務の執行と時間的に接着しこれと切り離しえない一体的関係にあるとみることができる範囲内の職務行為をいうところ(最高裁判所昭和四二年(あ)第二三〇七号同四五年一二月二二日第三小法廷判決・刑集二四巻一三号一八一二頁、同昭和五一年(あ)第三一〇号同五三年六月二九日第一小法廷判決参照)、右にいう具体的・個別的に特定された職務の執行にあたつているというためには、単に当該公務員が就労義務を負う勤務時間内にあり、かつ、そのことを認識していることをもつて足りるものではなく、より具体的・個別的に特定された職務を現に担当していることを要するものと解するのが相当である。そのことは、刑法九五条一項の保護法益からばかりでなく、同条項が職務を「執行スルニ当リ」と特に規定する文言とその沿革からも、容易にこれを導き出すことができるのである。これを本件についてみるのに、上田稔ら前記五名の当直勤務員は、起番中の捜査・公かい・通信等の勤務をいつたん終えて他の当直勤務員と交代し、その勤務地点から離れた署内宿直室などにおいて二時間ないし三時間の休憩に入つていたものであるから、勤務時間中であつても、すでに具体的・個別的に特定された職務の担当から離れた状態にあり、刑法九五条一項にいう「職務ヲ執行スルニ当リ」の状態にはなかつたものというほかはない。

もとより、右条項にいう職務には、ひろく公務員が取扱う各種各様の事務のすべてが含まれるのであるから、具体的・個別的に特定された職務といつても、必ずしも具体的・個別的な作為を意味するものではなく、また、職務の性質によつては、その内容、職務執行の過程を個別的に分断して部分的にそれぞれの開始、終了を論ずることが不自然かつ不可能であつて、ある程度継続した一連の職務として把握するのが相当と考えられるものがあることはいうまでもない(前記昭和五三年六月二九日第一小法廷判決参照)。しかしながら、本件のように交代制で「起番」と「休憩」が行われる警察官の勤務の場合には、休憩自体を具体的職務と観念すべき合理的根拠がないばかりでなく、起番と休憩とを連続した一連の職務として把握し、その全体を職務の執行と解すべき合理的根拠も存在しない。また、一般に「待機」という形態における具体的・個別的な職務のあることはいうまでもないが、それは待機していることがまさに具体的・個別的な担当職務と認められる場合に限られるのであるから、これを無限定に一般化し、公務員特に警察官は勤務時間中にあつてはその具体的状況のいかんを問わず常にすくなくとも待機の職務に従事しているとの結論に導くのは、失当である。すなわち、本件の場合には、具体的・個別的な担当職務としての待機ではなく、これから離れて休息するための待機であつて、両者は厳格に区別して認識することが必要なのである。さらに、検察官は、当直勤務の特殊性を強調し、当直勤務であるがゆえに休憩中も職務の執行中とみるべきであると主張するが、これは通常の勤務に比して労働密度が薄いことを根拠として法律上の休憩の付与を義務づけられていない当直勤務に関し、逆に通常の勤務より以上の労働密度が存在することを前提とするものであつて、採用することができない。なお、検察官の指摘する判例はすべて本件とは事案を異にし、適切ではない。

(ロ) 当務外勤勤務員の休憩についての検討に移るに、同勤務員は通常の勤務形態として一昼夜二四時間の交代制の勤務についているのであるから、夜間に勤務する場合であつても、労働基準法上の宿日直勤務ではないから、労働基準法上、これに対し所定の休憩を与えてその間労働から解放することが義務づけられていることは明らかである。検察官は、前記大阪府外勤警察官勤務規程において「休憩は、指定された勤務拠点で行なうこと」(一八条二項)と定められていることを援用しつつ、当務外勤勤務員は署内で仮眠中も緊急事態に迅速に対応するための待機とみるべきであつて、まさに職務の執行中であると主張するけれども、この場合の「休憩」は、さきの当直勤務員のそれとは異なり、職務からの解放を伴うものであり、右の勤務規程の定めは、労働基準法施行規則三三条一項一号により、労働基準法三四条三項が使用者に課している休憩時間を自由に利用させる義務が警察官に関しては免除されているため、特に警察官に対し休憩場所が指定されているに過ぎないのであるから、これをもつて休憩時間を就労義務を負う勤務時間と解することは許されない。したがつて、当直勤務員に関して上述したところは、より一層当務外勤勤務員に強く妥当するのであつて、前記当務外勤勤務員である久留勉巡査ら四名の警察官は、本件パイプ爆弾が投てきされた時点においては、刑法九五条一項にいう職務の執行中にはなかつたものというべきである。

(5) 以上のとおりであるから、関係警察官らが職務の執行中であつたか否かについての原判決の認定、判断は、その理由はともあれ結論においては、上述した当裁判所の認定、判断と同じであつて、検察官所論のような事実誤認、法令適用の誤はないので、論旨は理由がない。

(二)  職権による判断

(1) しかしながら、職権によりさらに検討を進めるに、以下の点において、公務執行妨害罪の成立を否定した原判決は法令の適用を誤つた違法があるものと認められる。

(2) すなわち、原判決は、「公務執行妨害罪は危険犯であり、公務員が職務を執行するに当りこれに対して暴行又は脅迫を加えたときに直ちに成立するものであつて、その暴行又は脅迫はこれにより現実に職務執行妨害の結果が発生したことを必要とするものではなく、妨害となるべきものであれば足りると解されているから(最高裁第三小法廷昭和三三年九月三〇日判決、刑集一二巻一三号三一五一頁参照)、公務執行妨害罪が成立するためには、公務の執行がその妨害となるべき暴行又は脅迫行為に先行する形で存在することが必要である」との解釈を示したうえ、この見解のものに、被告人らが投てきした鉄パイプ爆弾は、第一回目から第四回目までは数秒間隔で爆発したが、第五回目の爆発が起るまでには二、三分の時間が経過していること、前記の在署警察官一八名全員が犯人捜索、証拠収集、警戒などの職務についたのは被告人らが右爆弾を投げ終つた後であることを認定し、ついで、被告人らが本件爆弾を投げ終つた段階で公務執行妨害となるべき暴行行為は終了していたのであるから、その後に職務活動を開始した上田稔警部ら九名の関係警察官に対しては公務執行妨害罪は成立しないと結論している。

ところが、本件における暴行は、本件爆発物をあたかも右のように警察官に向けて投てきすることを内容とするものではなく、これを警察署の玄関前などに投てきして爆発させることにより署内外の警察官に対し有形力を加えることを内容とするものであり、それゆえにこそ、原判決も、これを爆発させることによつて相原岩夫巡査部長ら九名の警察官の職務の執行を妨害したものと認定しているのである。もとより、公務執行妨害罪は、原判決の援用する判例が示すように、暴行が加えられることにより直ちに成立するものであり、その暴行は、これにより現実に職務執行妨害の結果が発生したことを必要とせず、妨害となるべきものであれば足りると解されるが、その暴行が、本件のように、爆発物を爆発させることにある場合には、投石行為の場合と同一に論ずることはできないのであつて、右爆発により職務の執行が妨害される範囲において公務執行妨害罪が成立するのは当然のことである。原判決が援用する前記判例は、警察官に対して投石した事案について、石が相手方に命中した場合はもちろん、命中しなかつた場合においても、相手方の職務執行の妨害となるべき性質のものであるから、投石の時点で公務執行妨害罪の要件である暴行に該当することが明らかであると判示したものであるから、本件のような形態での暴行について前記のように判断するうえですこしも障害となるものではなく、むしろこれを支持するものというべきである。なお、被告人らは、本件爆発物を投てきした時点において、署内外の不特定の警察官に対しその職務の執行を妨害する意思を有していたことが証拠上明らかである。

(3)  してみると、本件爆発物の第一回目の爆発により直ちに犯人捜索、証拠収集等の職務に従事する態勢に入り、現に第五回目の爆発までには現実にもその職務に従事していた上田稔警部ら九名の警察官に対する関係においても、公務執行妨害罪が成立することは明白であつて、これを否定した原判決は刑法九五条一項の解釈適用を誤つたものというほかない。なお、当務外勤勤務員であつた山下洋幸巡査ら四名の警察官は、前記のとおり、本件爆発物が投てきされて第一回目の爆発が起つた時点では、職務を執行する義務から解放されている、労働基準法上の休憩時間中にあつたと認められるが、その爆発と同時に緊急事態に対処すべく現実に犯人捜索、証拠収集等の具体的・個別的な職務に従事するに至つた以上、これを公務執行妨害罪にいう職務と評価すべきことは当然である。すなわち、労働基準法上の就労義務の有無と公務執行妨害罪にいう職務の存否とは、別の平面の問題なのである。

(4) 以上のとおり原判決には右の点に法令の解釈適用の誤があり、その誤は判決に影響することが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。〈以下、省略〉

(瓦谷末雄 香城敏磨 鈴木正義)

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